「祈り~涙の軌道」―Mr.Children

2年前のこの時期に出たミスチルのシングル曲「祈り~涙の軌道/End of the day/pieces」の一曲。3曲あるけどすべてA面だ。CDジャケはかなり好き。前のアルバム以来の1年半ぶりに出た新曲*1で、当時大学に入学した直後だった僕は毎日のようにこの3曲を聴いてた。まぁ3曲とは言ってもだんだん3曲目の「pieces」は聴かなくなり、主に聴いてたのは「祈り」と「End of the day」だったと思う。



Mr.Children「祈り ~涙の軌道」Music Video - YouTube

「祈り」は一応この3曲の中でもメインになる曲で、映画「僕等がいた・前編」の主題歌になっている。

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僕等がいた 1 (フラワーコミックス)

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初めて聴く人だとたぶん「まーたこういう甘ったるいバラードか」みたいな感想を持つかもしれない。特に昔はよくミスチル聴いてたって人は近年のソフトタッチ&ポップ路線なMr.Childrenに抵抗のある人も多いらしくて、名もなき詩はどうした、Tomorrow never knowsはどうしたと90年代のミスチル最盛期を惜しむ声も少なくない。らしい。でも僕としてはこういうミスチルも昔のミスチルも大好きで、まぁ聴いてる期間が長いからかなりバイアス掛かってるよなーと思いつつもそんなふうに丸くなった彼らとその曲をあっさり受け入れてしまえる自分がちょっと誇らしかったりする。つっても僕が聴きはじめたころにはすでにポップ路線だったんだから、そっちがしっくりくるのも別に不自然ではないのだけど。


そうした「昔はよかった」みたいな評判を聴くと、僕はバブル景気あたりを経験した大人が語る「昔はよかった」となんとなく重なる。そりゃあ景気が言いに越したことはないし、よく言われるように当時は湯水のようにお金が使われ人々の気分も浮かれまくってたんだろうけどそれは結局バブルでしかなくて、知ってのとおりはじけてしまった。平成生まれ僕はもちろんそんな好景気を肌で感じたことなんてなくて、いくら「昔はよかった」と言われてもまったくピンとこない。で、まぁミスチルも同じかななんて思うことがあって、当時は社会現象になったとかいうミスチルだけど、今となっては、ファンの僕から見てもあきらかに下火だ。もちろん他の大多数のアーティストに比べれば充分人気は高い方だが、とはいえそれは過去の栄光によるところがどうしても大きい。それが悪いことだとは思わないし、むしろ頂点を極めれば必然下り坂もあるわけで、そのせいで昔と比べられるのもある意味で仕方ない。ミスチルの人気が高まっていたときは世間もその熱で浮かれていた面は否めないはずで、そういう一瞬の熱狂から冷めた、つまりミスチルバブルがはじけてしまった人が、今度は昔を惜しんで揶揄してるのかもしれない。そういう意味では僕にとって昔の曲も今の曲もほぼ同時に聴けるぶん立場はフラットかなと思うし、昔に比べ今の曲がそれほど劣っているとは思わない。特に好きな曲は何曲かあるけれど、かなり最近のもあれば最盛期の曲もあり、もっと前のデビュー当時の曲にだってある。


僕も変わっていくミスチルにいつか自分が追い付かなくなるときがくるかもしれないけど、その時はその時でしょうがないと諦めたいなと思う。間違っても昔「は」よかったとか言いたくないのは、ファンとしてのプライドだ。ミスチル懐古主義に陥った自分なんて見たいくない。ドロップキック!

忘れようとしてても思い起こしたり
いくつになってもみな似たり寄ったり
無くしたくないものがひとつまたひとつ
心の軌道に色を添えて



迷ったらその胸の河口から
聞こえてくる流れに 耳を澄ませばいい
ざわめいた きらめいた 透き通る流れに
笹舟のような祈りを浮かべればいい

ミスチルは…というか他のアーティストのことをあまり詳しくないのでわからないけれど、ミスチルの曲は一番より二番の歌詞の方が評判がいい。僕もどっちかというと二番の方がいいなぁと思うことが多い気がしてて、上のとこはサビに入るちょい前~サビ終わりまでの歌詞なのだけど、このへんがけっこう好き。とくに「無くしたくないものがひとつまたひとつ」のあたりと「笹舟のような祈りを浮かべればいい」ってところ。前者は歌詞だけでなくメロディがいいなぁと思うし、後者は「笹舟のような祈り」を含めた歌詞のメタファーがいい。冷静に見ると「クサいな~」って気がしなくもないけれど、僕の感覚はもう麻痺している。


この曲を聴くたびに思い出す情景と情感があるのだけど、まず情景二つあって、大学に入学してすぐ、体育の授業を受けにキャンパスから少し離れた体育館へと向かう道すがらの景色だ。そこへ行くのにちょっと由緒正しい古風な家が並ぶ狭い道があるんだけど、ポカポカと暖かい陽気のなか歩いたときのものだ。もうひとつはなぜか大学のスポーツジムで、ランニングマシンで走っていた時の景色。走りながら聴いてたばっかりにこんなちぐはぐなイメージがついてしまった。

また情感のほうは、地元を離れて一人暮らしを始めた期待感、高揚、それと同じくらいの心細さと不安。今思い返すと、なんというか、若かったな俺、というかんじなのだけど、現在と比べてどれほど変わったかというと・・・まぁ大きく変わったものもあり、相変わらずなものもあるなと思う。


この「祈り~涙の軌道」って曲は、実は震災直後に「かぞえうた」という曲を出して以来の曲で、この「かぞえうた」から「祈り」までの間、どれくらいかはわからないけれどおそらく数か月、作詞・作曲の桜井和寿は新しい曲が全く浮かんでこなかったらしい。それまでは一日2、3曲とか言ってたのでそれはそれで驚異的だけど、当時はほんとに何も浮かんでこなくて、桜井さん自身「あ、このまま自分は枯れちゃうのかな」と思ったらしい。「まぁそれでもいいかな」とも。震災を受けて曲が作れなくなる・浮かばなくなるという事態に、自分の精神的な健全さを確認して安心したとさえ言っている。加えて、昔の曲を(ライブで)演奏するだけでも充分楽しいし、お客さんも喜んでくれるとも。それを僕はどこかで読んで「冗談じゃない、ファンになったばっかなんだよ俺は!新曲が聴きたいんだ!」と思ったし、震災でそこまで何かを感じ取れる桜井さんの感受性の鋭さにただただびっくりした。

かぞえうた

かぞえうた


それでも結局はこうして「祈り~涙の軌道」が作られることになったわけなんだけど、震災後一発目のシングルとして彼がイメージしたのは、古き良き日本的な、郷愁を含んだような曲だったらしい。「かぞえうた」も実はそれと似たコンセプトを持つ曲だ。とにかく、そうしたイメージからあるふと浮かんだ「祈り」の曲が完成して以来、またもとのようにどんどん新しい曲が浮かぶようになったらしい。なんだかまるで別世界の人の話みたいで、まぁそうだな、よくわからんけど天才なのだな彼はという適当な答えに着地して、もうしばらくは新曲を作り続けてくれるのかなとちょっと安心した。


祈り ~涙の軌道 / End of the day / pieces

祈り ~涙の軌道 / End of the day / pieces

*1:正確にはその間に「かぞえうた」が出ている

「 Pink~奇妙な夢」―Mr.Children


Mr.Children Pink~奇妙な夢[(an imitation) blood orange ...

最初聴いたときは出だしから「うわなにこれ気持ちわるっ」と感じ、さっさと飛ばして次のトラックに行くくらいは嫌いな・・・いや嫌いというほどでもなく、今思えば食わず嫌いな曲だった。この印象が覆ったのはかなり最近になってからで、去年[(an imitation) blood orange]のライブに行ったときに演奏されたのを聴いて、「あ、いいな」と思った。

そのライブは僕にとってはじめてのミスチルライブだったのだけど、やっぱりCDに焼かれ製品化されたものとは、セットリストのどの曲も、かなり別物だった。CDのほうでも僕としては充分満足していたし今もどちらかといえばライブより好きなんだけど、ダイレクトに鼓膜へ届く歌、数万人が収容されるドーム、まわりは全て僕と同じかそれ以上のミスチルファンという異常空間、小さいながらも生で観るバンドメンバーなどは、ipodとイヤホンで聴いてるだけでは手に入らない体験だろう。かなり楽しかった。

「奇妙な夢」は、あまり聴かないばっかりに最初は曲名すら忘れているほどだったのだけど、ライブで演奏されたそれはとてもよかった。このライブをすべて聴き終え振りかえってみたときやはりいくつか特によかったと感じた曲があるのだけど、この曲はそのひとつだ。僕が勝手に「絶叫系」と名付けた「奇妙な夢」「天頂バス」「hypnosis」の3曲は、ライブだからこそいいと感じた節がある。それまでは好きでも嫌いでもなかった。

「奇妙な夢」でいえばサビの部分のラスト、

本当の二人より 少しましに見せてくれるよ

の部分だが、ここで桜井さんが声を枯らし、最後の一息まで絞り出すように歌うのが素晴らしかった。声の波を身体全体で受けるような臨場感。パソコンやipodで聴いているだけではイマイチわからない部分だけれど、ライブでは歌手の声量の違いが――つまり小さく歌うのか、ちょっと強めに歌うのか、声を枯らすほど絶叫するのかという違いが――これでもかってくらい明確に伝わってくる。ライブは「絶叫系」を聴くためにある!と言うとまぁ過言だが、デジタル音声とはまったく別物なのはたしかだ。上に貼った動画でも雰囲気は伝わると思うけど、ここだけはどう考えてもライブに比べ大きく劣る。プロの歌手の肺活量のなせるわざか、とにかく半端ではない迫力だった。もっと近い席で聴きたかったなぁ。


はじめてこの曲を聴いた印象を「気持ち悪い」と最初に書いたけど、歌詞を見てもかなり独特だ。曲のサブタイトルからして「奇妙な夢」だが、たとえば

紫色の渡り廊下で 顔のない男と出会う
僕の方を見て笑ってるから 別にこわくはないが
歩けない

いや怖いだろ!とツッコミを入れたくなる。紫色の廊下?顔のない男?この時点で充分こわいのに「僕の方を見て笑ってる」って、怖いよ。歩けなくて正解だよ。

とはいえタイトルにある通りこれは夢なんだろう。たぶん、作詞した桜井和寿の。夢ってたしかに、自分でも「わけがわからないよ」なものばっかりだ。夢の中にいる自分も、たしかにその夢の状況に応じて嬉しかったり怖かったりとなにか感じている気はするんだけど、目が覚めて冷静に考えると「なぜそこでそう感じんだろう」みたいな、ちぐはぐな感情なことが多い。でもたまに自分でもびっくりするくらい剥き出しの自分の感情を感じるときがあって、起きてしばらくたってもドキドキしてることがある。今こうして目が覚めて活動している間に脳が感知する感情は、たぶん何層か理性のオブラートに包まれていて、そこを通ってきたものだけ言語化できるくらい形になった感情としてなんとか認識できるんじゃないかなぁと考える。それが夢の中だと、オブラートはないんじゃないかなと思う。夢の中の僕は文字通り剥き出しの素っ裸で無防備で、夢のシチュエーションは無意識に考えたり感じたりした体験の濃い部分を抽出したようなもんかもしれない。「夢はつまり想い出の後先」・・・



Mr.Children Pink 〜 奇妙な夢 〜 TOUR '04 シフクノオト ...

冒頭に貼ったのは昨年行われたツアーライブの映像だけど、こっちは2004年のものだ。「Pink~奇妙な夢」はもともと2004年リリースのアルバム「シフクノオト」に収録されている曲なのだ。この二つを見比べた限り、僕個人ではこっちの「シフク」の方が好きだ。10年近く経てば同じ歌手同じ歌といえど歌い方に違いは出てくるもので、まぁ普通に考えて全く同じという方がむしろおかしいかもしれないけれど、桜井さんの場合もやっぱり違う。「an imitation」のほうは歌より桜井さん本人が目に出ている印象を受ける。歌うこと、演出することに意識がいってる感じだ。後者の「シフク」バージョンは、むしろ歌が目に出て、桜井さん自身はひかえめに後ろにいる気がする。歌うんではなく、流しているような。でもこれ、ある程度聴き慣れて見慣れた人でないとどっちも同じに聴こえるかもしれない。別に「君らにはわからんかーわからんよなー」みたいなこと言いたいんではないけれど。まぁ違うもんは違うのだ。

シフクノオト

シフクノオト

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