『つぶグミ』

僕の通う大学のキャンパス内にはこじんまりした購買があって、僕は時々そこへ、昼飯やらノートやらを買いにいく。軽く店内を一周して目当てのものを手に取った後レジに向かうだけど、そのカウンターの端にはいつも、さりげない自己主張を奏でるお菓子たちが並んでいる。『つぶグミ』はそのお菓子の中のひとつだ。派手にならない程度のささやかな暖色で飾った包装が目に入ると、僕は「まぁついでに」という調子でつい一緒に買ってしまう。それも十回に一度、せめて五回に一回とかならまだいいが、毎回のように買ってしまう。そうしていつも買ってしまってからため息ついて、やれやれまた買っちゃったな、と心うちでひとりごつ。レジに並ぶ直前まで「今日は買うまい」と決めていても、それを見た途端しゅるると風船みたいに決意が萎み、しまいにはなんだか変な購買意欲に駆られてしまって、結局、数百円だか余計なお金を払う羽目になるのだ。そんな僕の気を知ってか知らずか装いもすこうし色味を増して見える『つぶグミ』は、にやっと満足げに、レイジブルーで買った僕のトートバックの中に納まるのだった。



せっかく買ったものを食べないのもおかしな話なので、買ったら買ったで僕は食べる。黙々と食べる。これだけは最初に言っておきたいのだけど、『つぶグミ』はけっして美味しくはない。むしろ不味いくらいだ。授業の合間とか、あるいは図書館で課題を片づけている間なんかにそいつを口へ放り込む。なんど食べても着色料と添加物の味しかしない。普通に不味い。でもせっかく買ったのに食べないのも気持ち不味い。貧乏臭くて嫌な気もするが、それでも、いやだからこそ、僕はそいつを食べる。黙々と食べる。


包装を見る。葡萄やら林檎やら檸檬やら、色々と味にも種類があるらしい。これが僕にはどうもわからない。全部同じじゃないか、と食べるたびに思う。葡萄と言われればたしかにそんな気もするし、いや林檎だと言われればそんな気もする。こうしてぼんやりと食べていると、しまいにはその味すらしなくなってくる。まるでゴムを噛んでるようだ。はて、僕は味覚障害なんだろうか。わからない。そういえば僕は、食堂のカツカレーを大しておいしくもないなと思いながらいつも食べている。半分以上惰性だ。それでもつい同じものを注文してしまうのは、たぶん、あまり味にこだわりがないからだろう。食い物の味がわからないってなんだか随分人生損してる気がするけれど、それはそれである意味幸せなのかもしれない。なわけあるか。まぁどうでもいい。やれやれ。



まがりなりにもこうして二十数年生きていると、どうも「生きている」という感覚が鈍くなる。もうずっと昔、幼稚園か小学生くらいのころは、もっと世界が鮮明だったように思えてならない。見るモノすべてが何かしらの意味をもってこちらに訴えかけていた。僕はそいつに、応えたり応えなかったりする。しかしそういうことも次第になくなっていった。僕が世界を見失ったのか、あるいは世界が僕への興味を失ったのか。学校からの帰り道、白線だけを踏んで歩かなくなったのはいつからだろう。途中で手頃な大きさの石ころを見つけたらついつい蹴りたくなった、あの気持ちが消えたのはいつだろう。


人に依るのだろうが、僕は人生の割と早い時期から、そうした気持ちをどこかへちょっとづつ落としてきたように思う。今はこうして大学に通っているが、全ては今までの焼き直しと言っていい。大学受験は高校受験の焼き直しだった。次はシューカツか。それもまた同じように退屈で無意味なゲームに駆り立てられるだけ、そんな認識。運よくどこか就職したとして、そこでもまた社内の競争に日々を費やすだけだろう。こうして僕は、使い回した紅茶のティーバックのように、色落ちしたデニムのように、人生の味をなくしていくのだろう。不気味なほどよい間隔を置きながら、繰り返し繰り返し、同じジェエットコースターに乗り込む。三回目ともなるとちっとも怖くなくなっている。そのうち何かの拍子に車輪が外れ身体が宙に投げ出されるとしても、その時が来るまで、僕はまたそいつに乗り込む。


いつかパッと視界が開けるような、そんなことがあるんだろうか。あるいは噛めば噛むほど味が出る、スルメのような人生だったと言える日が来るんだろうか。どうもそんな気がしないのは、悲観のし過ぎか。周りのオトナを見ても、それほど満足気な様子はないのだ。物心ついた時からそんな印象は変わらないし、思い込むのも虚しい気がして、でもちょっと期待してたりするけれど、やっぱりできない。天地がひっくり返るか、地獄の釜が凍るくらいのことがなきゃ、信じられない。僕の人生はたぶんガムだ。噛めば噛むほど味がなくなる。



今日も『つぶグミ』を食べた。最初の三つ四つ、頑張って五つくらいは、まあ食える。疲れてたりするとそこそこ美味いと思ったりもする。でもその後は、やがて味なんてどうでもよくなってくる。嗚呼不味いな、身体に悪そうだなと思う。それでも僕は村上春樹の「ノルウェイの森」なんかを読みながら、空いた左手でそいつを摘まみ、口へ運ぶ。時には食べ方をちょっと工夫してみる。先っぽだけ齧ってみたり、噛まずに口の中で転がしてみたりする。二三個試して、飽きたらまた元のように淡々と奥歯ですり潰すように食べる。これだけ食べてればちょっとは美味く感じてもいいくらいなもんだろうに、まあ今更期待なんかしてないけど、不味いものだな。しかし、やれやれ、それでもまた僕はこの愛しい不味さを求めて『つぶグミ』を買ってしまうのだろう。嗚呼不味い。


春日井つぶグミ 85g×6袋

春日井つぶグミ 85g×6袋

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