映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』

映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を観ました。

春日部に新しくできた、テレビ番組や大阪万博などを模したテーマパーク・“20世紀博”。そこにある昔ながらの「懐かしい匂い」に囚われ、大人たちは未来を生きる意志を失ってしまった。20世紀博をつくった「イエスタディ・ワンスモア」のリーダー・ケンと恋人のチャコの狙いは、その「匂い」によって20世紀の日本を再現し、“オトナ帝国”をつくること。しんちゃんや風間くん、ネネちゃんら春日部防衛隊の子供たちは大人たちを救い、未来を取り戻すために立ち上がる。

しんちゃんと野原一家の熱い心が胸を打つ。めっちゃいい映画です。
クレしんならではの渋いギャグもよりいっそう冴えわたってる。


映画の冒頭、20世紀博の施設内に再現された「昭和の街」を歩きながら、ケンとチャコはこんな言葉を交わします。

ここに来るとほっとする

ここには外の世界みたいに余計なものがないからな。
昔外の世界がこの町と同じ姿だったころ、人々は夢や希望にあふれていた。21世紀はあんなに輝いていたのに。今の日本に溢れているのは、汚い金と燃えないゴミくらいだ。
これが本当にあの21世紀なのか。

外の人たちは心が空っぽだから、モノで埋め合わせしてるのよ。
だからいらないものばっかり作って、外の世界はどんどん醜くなってゆく。

もう一度やり直さなければいけない。日本人がこの町の住人たちのようにまだ心をもって生きていた、あの頃のまで戻って。

未来が信じられた、あのころまで。


昔の日本を懐かしそうに語るふたり。いったい何歳の設定なんだろう。チャコは明らかに20代だけど。


この映画で繰り返し語られる時代はおそらく、1970~80年代。経済成長真っ只中、一億総中流社会で、明日は今日よりよくなることを誰もが確信できた時代。未来に希望があり、人の心も豊かで・・・
そんな中夢見てきた“21世紀”は、思っていたよりずっと退屈で、人の心はすさみ、要らないモノがあふれている。

僕は平成生まれなので、人生のほとんどを“21世紀”に生きてきました。だからいまいちピンとこないんだけど、今の50,60代の人にとって21世紀は、何か特別な響きをもった言葉だったんでしょう。この映画では未来の象徴か、あるいは合言葉のような使い方をしています。


この映画は2001年、つまり21世紀最初の年に公開された映画で、僕も子供のころに何度か観てました。当時、しんちゃんたちのギャグは笑えたけど、オトナたちの心情についてはただただ「ピンとこない」としか感じなかった。古臭いし、なんだかガサツな感じだし、「そんなにいいか?20世紀って」くらいに思ってました。風間君も言ってます。

懐かしいって、そんなにいいものなのかなぁ。

映画でたまに挿入されるセリフもどういう意味なのかわからない。青島幸男って誰?国会で決めるって、何を?みたいな。ただしんちゃんの「ハローハロー岡本タロー♪」は笑ったけど。

他にも「あっと驚く為五郎~♪」とか「しぇー!!」とか、そもそもケンの髪型があきらかにビートルズを意識してる。


これって子供向け映画のはずなのに、どうみても今のオトナに向けた映画なんです。



この映画でもっとも人を泣かせたであろう、しんちゃんのお父さん・ひろしが自分の足の臭いを嗅いで正気を取り戻すシーン。そこでのひろしの回想は、昔の僕も、よくわからないなりに胸が熱くなった覚えがある。今みるとそれが意味するものが理解できて、おかしいな…目から汗が。
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「オトナ帝国」でもっとも重要なシーンと言っても過言ではないので、これから観ようかなって方は再生しないほうがいいです。できれば映画の流れの中で噛みしめてほしい3分半。


ひ/ろ/し/の/回/想 - YouTube


ひろしの足の臭いの“クサさ”って、割としんちゃん見たことある人にとっては定番ギャグなんです。でもこのシーンではこの“クサさ”がかなり深い意味をもってる。
それは昔ながらの日本の「懐かしい匂い」の対比として、ひろしの「足の臭い」があるからです。


オトナ達が囚われていた、古き良き日本にある温かく心地よい匂い。20世紀博にはそれがある。
一方施設の「外の世界」、つまり今の21世紀にあるのは、不況や経済不振の閉塞感、ニュースで流れる犯罪、政治の迷走。21世紀に希望をもって生き、そして失望したオトナたちにとって、心のよりどころは「昔ながらの日本の空気」だ。


そこでひろしの足の臭いが意味するのは、まぎれもない「現実」です。
現実っていいことばかりじゃなくて、むしろ“クサい”ことの方が多い。でもそれは、ひろしが汗水たらして家族のために働いて、必死に生きてきた証でもあるんです。


昔ながらの「懐かしい匂い」に囚われたひろしは、この「足の臭い」を嗅ぐことで正気を取り戻す。昔に生きるのはやめよう、辛くて厳しい現実でも、家族といっしょに未来を生きよう・・・そんなメッセージを受けとりました。



オトナ帝国をつくった張本人で、この映画の“敵役”とも言えるケンは、ひろしが正気に戻る様子を見て「興味深かった」と述べます。そしてそのまま、自分たちの暮らす「昭和の街」に案内する。チャコと住むアパートに着くまでの道すがら、ケンはなぜ自分たちが「オトナ帝国」をつくったのか、なぜ20世紀の日本を取り戻そうとするのかを語るんです。

これは普通に考えるとちょっとおかしい。ケンは自分たちの計画をくじこうとする野原一家に情報を与え、塩を送るような行動をとっているからです。野原一家は不審に思いながらも、それに付いていく。


ケンの行動の意味を考えると、たぶん彼は自分自身で矛盾を抱えているんだと思う。
20世紀を取り戻すと言いながら、実は心のどこかで21世紀に希望をもって生きていきたいと考えてるんでしょう。チャコの

外の人たちは心が空っぽだから、モノで埋め合わせしてるのよ。

という言葉はまさにケンの思うところなんだけど、一方でケンは自分たちが使う自動車に強いこだわりを持っている。


つまりケンって、今で言う“ツンデレ”ですよね。
自分の野望をかなえようとする一方、敵にアドバイスを与えて「自分を邪魔して欲しい」と願っている。俺は20世紀を取り戻すと宣言しながら、こんな言葉で野原一家の背中を押す。

お前たちが本気で21世紀を生きたいなら、行動しろ
未来を手に入れて見せろ。早くいけ、ぐずぐずしてるとまた匂いが効いてくるぞ

これを聞いた野原一家はすぐさまアパートを飛び出し、“昔の匂い”の拡散装置がある東京タワーを駆け上がる。一番アツいシーンです。
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ちきしょー!なんだってここはこんなに懐かしいんだ!

おれの人生はつまらなくなんかない!
家族がいる幸せを、お前たちにもわけてやりたいくらいだぜ


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オラ大人になりたいから・・・
大人になっておねえさんみたいな綺麗なおねえさんといっぱいお付き合いしたいから!



先述したとおり、この映画が公開されたのは21世紀最初の年の2001年です。
20世紀から21世紀へ、という大きな時代の節目にこういった映画がつくられた。


僕は人生のほとんどを21世紀に生きてきたので、そういう「時代が変わる感覚」みたいなのはいまいちピンとこない。ただここ数年の日本で一番大きな変化は、2011年の震災にあったのかなぁと。

2001年以前以後みたいな感覚が今の“オトナ”にあるなら、僕には2011年以前以後がある。なんとなくですけど、やっぱり震災前とは日本の雰囲気も違うよな、と。

まぁ「懐かしい」と思うほど、「2011年以前」が思い出深いわけでもないんだけど、それでも震災でたくさん犠牲が出て傷を負って、自信もなくし気味な日本が立ち直るとき、震災前の平穏を懐かしんでも仕方がない。あまり考えたくはないけど、日本は地震も多い国だから、これから生きていけば必ずまた大きな災害が起きるんだと思う。

そういう辛く厳しい“クサい”現実のなかで「未来を生きる勇気」がもらえる、そんな映画なんじゃないかなぁと思う。このセリフ、クサいですかね。

元気でいてね

元気でいてね

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