歴代のポケモン映画ランキングができたので語ってみる

世界で2番目に有名なネズミこと「ピカチュウ」でおなじみ、ポケモン。僕はこの夏かなり久しぶりに新作を映画館へ観に行ったんですが、その後「そういや最近のポケモンってどうなってんだろう?」って気になってきて、結果過去16作全部観なおすっていう謎のポケモン祭りを敢行してました。なにやってんだろ自分と思いつつけっこう楽しかった。

僕はちょうど小学校入ったころに最初の劇場版とかも観に行ってて、「子供時代はポケモンと共にあった」と言ってもいいくらいです。ので、けっこう思い入れあるんですよね。


まずはせっかく全部見直したんだからってことで、面白かった順に並べてみました。個人の好みです。

①『水の都の護神 ラティアスラティオス
②『ルギア爆誕』
③『結晶等の帝王 エンテイ
④『ミュウツーの逆襲』
⑤『セレビィ 時を越えた遭遇』
⑥『七夜の願い星 ジラーチ
⑦『ビクティニと黒き英雄ゼクロム/白き英雄レシラム
⑧『ギラティナと氷空の花束 シェイミ
⑨『ミュウと波動の勇者 ルカリオ
10『アルセウス 超克の時空へ
11『神速のゲノセクト ミュウツー覚醒』
12『裂空の訪問者 デオキシス
13『ディアルガVSパルキアVSダークライ
14『ポケモンレンジャーと蒼海の王子 マナフィ
15『幻影の覇者 ゾロアーク
16『破壊の繭とディアンシー
17『キュレムVS聖剣士ケルディオ

「ザ・懐古厨」みたいなランキングになってしまったけど、素直にこんなかんじ。でも上の5本くらいはどこを見ても上位常連ってかんじのやつだし、意見が分かれるのは大体5~9位くらいからだと思います。評価基準はきっちり決めてないんだけど、大体僕が見てるポイントって①世界観②ポケモンバトル③ストーリーの面白さの3つ。まぁ客観的な「人気」って意味では(アンケート以外だと)興行収入で見るのが一番近いのかな。

では適当にピックアップしつつ批評など書いてみます。

ミュウツーの逆襲』

もはや神格化されてると言ってもいい、記念すべきポケモン映画の第一作ミュウツーの逆襲』。全17作見渡しても、この作品の雰囲気のダークさとかテーマの難しさはかなり異色だ。まぁちょっと引いてみると、子供向けとしてはやっぱ難しいんじゃないかなーとは思うけれど。どっちにしろ未だに興行収入歴代一位の座は揺るぎないので、もう殿堂入りでいいんじゃないかなと。

ミュウツー幻のポケモン「ミュウ」の遺伝子から人工的につくられたポケモン。「なぜ自分は生まれてきた?」「何のために存在してる?」という疑問、怒り、悲しみ、人間に対する憎悪と、「生命に優劣なんてない」というメッセージ。小さい頃はなんでミュウツーがそんなに怒るのか全く分からなかったから、ただの「悪いやつ」に映ってた記憶があるんですけどね。

でも「自己の存在意義」なんていう哲学的問い、ミュウツーじゃなくても答えられる人なんているんでしょうか。存在意義とか、目的を問うこと自体、生命の本質から乖離したものじゃなかろうか。あえて言えば、誰かに大事に思われてるとか、愛されてるとか、そういうことを感じられれば自分で「実感」はできるのかもしれないけど、「答え」なんて出ない。むしろミュウツーは「世界最強のポケモン」というオンリーワン且つナンバーワンな地位があるわけで、それだけ明確でもあるんだけどね。でも何のための「世界最強」かと言えば、「人間が利用するため」だから、結局自分の出自や運命を人に握られてることが許せなかったのかなって思う。


http://blog-imgs-43.fc2.com/c/i/n/cinemasyndrome/1_mini.jpg
劇場版では公開されなかった「冒頭の10分」もシンプルながらかなり強烈で、でもこれがあるとより、ミュウツーの心境を理解できる。(なんで公開時は省いたんだろう?) タイトルが「復讐」じゃなく「逆襲」なのも、“逆上する”って言葉があるように、怒りの部分を強調したかったのかなぁとか。これ以外にも、ミュウのまつ毛の化石が発見されてから人間がミュウツーを作り出すまでを描いた「ミュウツーの誕生」っていうドラマCDとか、「ミュウツーの逆襲」以後を描いた「我ハココニアリ」もあって、こういうスピンオフやサイドストーリーの豊富さも神格化されてる理由のひとつなんだろうなと思う。

ミュウツーの誕生 - YouTube


今回見直してかなり印象的だったのが、ミュウツーの「強さ」へのこだわり。「クローンたちは(オリジナルより)強くできている」とか、ミュウを前にして「私はお前より強い」と宣言したり、やたらそこに執着する。たしかにミュウツーは強いんだけどここでは虚しく響くのは、「強いこと」がミュウツーの唯一のアイデンティティで、同時にコンプレックスでもあるからだ。

「私は誰だ」「何のために生まれてきた」という疑問に対するひとつの答えは「世界最強のポケモン(として)」であり、ミュウツー自身そのことを知ってる。でもほんとにそれだけが自分の存在意義だと思ってるから、わざわざ「世界最強のポケモントレーナー」を自称したり、人間のトレーナーを集めてボコボコにしたりして、やっきになってそれを証明しようとする。無敵なようでいて、心の中は怖くて怯えまくってる。そしてライバルのミュウが現れたときは自分の唯一の精神的支柱が脅かされるかもしれないと焦って、内心半泣きになって勝負を挑むわけです。万一負けでもしたら、もう絶望するしかない。


ミュウもミュウで、可愛い見た目とは裏腹にけっこうエグいキャラしてて面白い。あんまり善悪に頓着しないのかただ単に無邪気なのかわかんないけど、実は不安でしょうがない可哀想なミュウツー「オリジナルが負けるわけねぇだろ」とかなんとか、煽る煽る。


あとはやっぱりポケモンバトル。冒頭のやつもかなりいいんだけど、やはり一番は「リザードンVSリザードン」でしょう。たぶんまだサトシの言うこと聞かないころのリザードンなんだけど、反抗期特有の荒々しさがあってそれがまたかっこいい。迫力満点の空中戦は当時も今も超わくわくする。こと劇場版に限っては、ポケモンバトルって「空中戦、スピード感、(できれば)炎系の攻撃」が鉄則だと思う。見せ場となるバトルは特に。ポケモンの背にトレーナーが乗ってれば尚よし。


次はミュウツーつながりで神速のゲノセクト。昨年公開の第16作目だ。

ゲノセクトは3億年前に絶滅したポケモンなんだけど、それを人間の手で作り変えられた上で復活させられた。その意味でミュウツーと似てるんだけど、ぶっちゃけゲノセクトミュウツーより知能が低いので自己存在について自問自答したりはせず、生きることに必死になる。そっちのほうが“生物”ってかんじはする。

根底に流れるテーマは「逆襲」の方とほぼ同じだが、伝え方は前よりマイルドになっている。それがいいのかどうかは微妙だけど、メッセージ性という意味では逆に分かりにくくなってるかもしれない。たぶんメッセージ云々よりミュウツーの「メガ進化」とゲノセクトのスピードバトルをかっこよく描写したかったんだと思う。ただミュウツーがメガ進化した理由は結局よくわかんなくて、というか話の冒頭であっさり変身するから「全然“覚醒”じゃないじゃん・・・」って思った。

ポケモンバトルは空中戦とスピード感、炎系の攻撃が鉄則」ってさっき書いたけど、「ミュウツーVSゲノセクト」もそれなりにかっこよく仕上がってるとは思う。けどなんか違う感がぬぐえないのは翼がないからかなと思う。リザードンにしてもフライゴンにしても、翼のあるなしで明らかに脈動感が違うし、空中戦の象徴でもあるからだろう。

いろいろ言いましたが話の内容的にはそんなに悪くないなーと思う。思うんですけど、ゲノセクトがビジュアル的にアレなんで、女の子にはさぞ不評だったでしょうね。ちょっとゴキブリっぽいし・・・

あと男の子にとってもミュウツーというポケモン自体、昔みたいな「最強」ってイメージではないだろうし。今なら何だろう。アルセウスとかデオキシスももう古いのかな。

ちなみにこのミュウツーは「逆襲」の方とはどうやら別個体らしい。ミュウツー誕生の経緯知ってる身としては「そんなバカな」って思うけど、今の子供って第一作を観てない子も多そうだから、そういう意味では別にいいのかなぁ。

ミュウと波導の勇者 ルカリオ

次は8作目の『ルカリオ』。歴代作品の中でもけっこう人気が高い感動作だ。たしかに面白かったしルカリオやアーロンの自己犠牲の精神にはグッとくるものがあったのだけど、僕はそれよりもこの映画にトレーナーとポケモンの関係性を問い直す“裏テーマ”があるんじゃないかと思う。

ルカリオはその姿の通り、犬のように勇者アーロンに忠実だ。ルカリオは少なくとも最初はアーロンのことを「主人」として慕っている。でもアーロンは死ぬときルカリオを「お前は大切な友達だ」と言う。主人公のサトシも、映画の大事な場面でよくピカチュウを「友達」と呼ぶ。これらはトレーナーとポケモンの友情という美談を強調する意味もあるし、実際作り手としてもこのメッセージに嘘はないと思う。でも見方を変えれば、それはトレーナー側の一方的な押し付け、エゴとも言えるのではないか。

実際のところ、ポケモンとトレーナーの関係って友達より主従関係に近い。モンスターボールという名の「首輪」を着けて、バトルでは技名を指示し戦わせる。僕らの世界でいう人間と犬の関係と全然変わらない。

サトシ「俺たちは友達だ!(ってことにしとかないとやっぱ後ろめたいし!)」
ピカチュウ「ピカ!(もちろんその通りですご主人様!)」

でも僕は主従関係が悪いとはあんまり思わない。むしろこの映画に感動するのはルカリオがアーロンを友達として慕っているのではなく、最後まで主人として、忠義を誓っているからだと思う。それは主従関係にあるからといって信頼関係がないわけでも、友情が生まれないわけでもないからだ。「人間の最良の友は犬である」って言葉の通り、この相反するように見える二つは立派に両立するし、結びつきをより強固にする。

ポケモンとトレーナー、両者の関係の本質が「主と従」にあることを認めず、むやみに友情のみを主張するのが果たして正しいあり方と言えるのか、この映画は問いかけている(っていう深読み)。

『七夜の願い星 ジラーチ

6作目かつ「アドバンスジェネレーション」一作目。小学生の頃は毎年見てたポケモン映画だけど、これ以降行かなくなった。が、別に面白くなかったわけではなくて、ただなんとなく、このころから離れていったんだと思う。

フライゴンVSボーマンダの空中戦が熱い。ポケモンバトルは「スピード感あふれる空中戦」と「炎系の攻撃」のコンボを描くだけで安定の面白さである。ただし復活したグラードンは黄緑の触手を操るシシ神様みたいなやつなので、正真正銘のグラードンを期待してるとがっかりする。

ジラーチが眠りから覚めるのは1000年に一度で、マサトたちと一緒にいられるのはわずか7日間だけ。そんな貴重な出会いと、二度と会うことはないであろう別れというポイントがとっても切ない。ラストでマサト達が子守唄(主題歌の「小さきもの」)を歌い、ジラーチが眠りにつく場面はなかなか感動する。なんといっても主題歌の力が大きい。


小さきもの - YouTube

神々の戦い 三部作

「ダイアモンド・パール編」では3年連続、3作品の続き物で壮大な「神々の戦い」を描いている。ここで出てくる神々とは、時を司るディアルガ、空間を司るパルキア、反転世界の主ギラティナ、そしてすべてを生み出したと言われる文字通りの神、アルセウスだ。この3つはポケモン史上最もスケールのデカい物語と言っていいし、ある意味ここで「ポケモン」という作品自体、いったんすべて出尽くしちゃった感がある。

また続き物ではあるけれど、各々がひとつの映画として独立している。最初は神の戦いの序章ディアルガVSパルキアVSダークライだ。

ポケモン映画として10作目で、かなり力の入った映画。ディアルガVSパルキアの激しいバトルが見どころ。CG効果で前作までより綺麗で迫力あるアニメーションになっている。冒頭10分くらいまでなら僕のランク的にもかなり上位に入るんだけど、最後のほうが助長気味になって退屈なのが惜しい。

主題歌はかなりいい。これは三部作に共通して言える。

劇場版ポケットモンスター10作目 ビー・ウィズ・ユー ~いつもそばに~ - YouTube


『氷空の花束 シェイミはこの3作では一番好き。舞台になった場所、たぶん北欧のどこかをモデルにしてるんだけど、そこがとてもきれい。あとポケモン映画に出てくるマスコット的なキャラの、ちっちゃくて可愛いポケモン(以下マスポケ)としては、シェイミはかなり好き。

マスポケって、すべてと言っていいくらい、どの作品でも悪者に悪用され、いじめられるのがテンプレなんですよね。そんなか弱いマスポケをサトシたちが救い出すってのがストーリーの大筋になることが多いんだけど、でもマスポケだっていちおう伝説のポケモンなわけで、それなりに強いはずなんですよね。なのにみんなキャタピー並に打たれ弱いからすぐやられちゃう。その点シェイミはガッツある。

ギラティナと氷空の花束シェイミ, 主題歌, 「one」 劇場版ポケットモンスター - YouTube


最後は『アルセウス』。サトシたちが過去へタイムスリップするお話で、三部作の最終作。けっこう話が複雑なので、一回観ただけじゃよくわかんない可能性あり。アルセウスの声優が三輪さんで、そこはさすがの貫禄。神と呼ばれる他の3匹をもろともしない強さだ。ゲームでもかなり強かった記憶あるけど、今はどうなんだろう?

面白いんだけど、ちょっとゴチャゴチャしてる感が否めない。主題歌はいいかんじ。

ポケモン映画「アルセウス超克の時空へ」主題歌 - YouTube

『水の都の護神 ラティアスラティオス

最後に、僕が最もおすすめするのが、第5作の『水の都の護神』。これは一言でいうと「全てがぴったりハマった映画」だと思う。音楽、舞台設定、ストーリー、どれを取っても文句のつけようがない。そして観終わったあとの爽やかな感動と切なさが、なんというか、ヤバい(ボキャ貧)。ベネチアをモデルにした水の都「アルトマーレ」の街並みと、その雰囲気にぴったりはまったアコーディオンの音楽がこれから起こるであろう冒険への不安や興奮、そして好奇心を掻き立てる。街の水路を舞台に繰り広げられる水上レースのシーンもすごい疾走感だ。


ポケモン映画はラスト5分くらいでエンドロールと一緒に主題歌が流れる。僕はここの出来が映画の最重要ポイントだと思ってて、もしよければ映画の評価そのものをひっくり返すくらいインパクトのある部分だと思う。なぜって、ここは映画のストーリーが最も凝縮するポイントだからだ。ひとつの冒険が終わって出会った人やポケモンとの別れ、「あのあと、どうなったの?」という気になる後日談的なシーン、そしてサトシたち一行は新しい旅に出かける。ここで「良い余韻」に浸れるかどうかが、映画の良し悪しと言ってもいいくらい。

ポケモンの主題歌はけっこう良曲が多いんだけど、この映画の『ひとりぼっちじゃない』と一緒に流れるラスト5分間は頭一つ抜けてイイと思う。曲の入り方とか、完璧なタイミングだ。

水の都の護神 ED‐ひとりぼっちじゃない - YouTube

これはぜひ映画を通して観て欲しい。ポケモン知らない人でも楽しめると思う。


ポケットモンスター X

ポケットモンスター X

ポケットモンスター Y

ポケットモンスター Y

<