「人は“わかりやすさ”を求め、流される」という当たり前の事実

人は見た目が9割」というスローガンはやはりというかたぶん概ね正しくて、人と人が対面で関わる場では「わかりやすさ」は大きな武器になる。逆にこれが欠けている人は、こと人間関係においてはかなり不利な勝負を強いられる。それが良い悪いではなくて、そういうものだと思ったほうがいいのだと最近は思っている。その前提を無視してでも優先させたいこと・させるべきことがあるならそうすればいいし、ないならなるべく自分を「わかりやすく」提示する方法を探ったほうがいいんだろうなと思う。


人にとって自分以外の人間というのは本来的にみな不安定・不明確な存在で、だからこそ人は他人に「わかりやすさ」を求めているし、同時に求められてる。その要請にいつどこでも応えられる人は常に他人に信頼され求められ――つまり好かれて、その結果として自分も自分が生きやすい環境、場を作ることができる。


ライフネット生命の社長・岩瀬大輔さんが新入社員に向けたブログ記事でこんなことを書いている。

ある程度慣れるまでは、誰よりも早く出社しろ。誰よりもぱりっとした服装で。服装なんて仕事をする上で本質的でない、という主張も分かる。実際、当社は服装は自由だ。とはいえ、人は第一印象が、見た目の印象が大切だ。最初にきちんとした印象を持たれれば、ずっとその印象を持たれる。一方、最初に遅刻をした人間はそのイメージをもたれるし、それを払しょくするのはその何十倍もの努力が必要だ。
新社会人の君へ|ライフネット生命 社長兼COO 岩瀬大輔のブログ

毎朝、定時より30分前にきっちりした身なりで出社し、新聞を読んでなさい

簡単なことだが、もしこれを1年間、1日も欠かさず続けることができれば、1年後には皆さんの社内における信頼は確実に高まっていることだろう。

昨年も同じ趣旨のことを書いたが、まず一年目に目指すべきは、社内で信頼される人間になることだ。きっちり仕事をする人だと信頼されている人には、多くの仕事が回ってきて、その分、成長も早くなる。

そして、「きっちりしているか否か」は、まずは時間を正確に守ることができるか、そしていつも清潔でな身なりでいるか(外のお客様に自信をもって出せるか)、 さらには「新聞を毎朝読む」という皆がやらなければと思っていることを着実にこなすことができるか、というところで評価を受けるだろう。
入社2日目の明日から試して欲しいこと|ライフネット生命 社長兼COO 岩瀬大輔のブログ


上記ふたつめの記事で、岩瀬さんは「毎朝、定時より30分前にきっちりした身なりで出社し、新聞を読んでなさい」と書いている。この記事はだいぶ派手に炎上したみたいで、「だったらそのぶん給料払え」「そんなこと強要するな」「ブラック体質だ」と叩かれたようだけど、岩瀬さんはこの文章でただ「人に自分をわかりやすく提示する方法(のひとつ)」を提示しただけである。中でも「新聞を読め」に反応した人がたくさんいたみたいだけど、新聞どうこうは実はあまり問題ではなくて、別に小説でも漫画でもいいはずだ。なんなら3DSPSPスマホのゲームだってかまわないんじゃないかと思う。これはただ「社会人なら新聞くらい読んどこや」という単なる「理想的なモデル」であって、要は「この人はいつも始業30分前(これも10分前だっていいはず)に自分のデスクにいて、毎日決まったことをしている」というわかりやすい事実がそれを見る人を安心させる、ということが重要であり本質だ。「他人は本来的に不安定な存在」であるからこそ、こうして明確に「わかりやすさ」を見せることが他人に安心感を抱かせ、それがやがて信頼に変わって、その人にとって心地よい・動きやすい環境ができあがる。世渡り上手と言われている人はたぶんそのへんをきっちりおさえている。


「目に見えるところでやったことでしか評価しないのか」という意見があるかもしれないが、他人はその人の母親ではない。社長とはいえいちいち一人ひとりの深いところまで理解してもらえると考えるのは他人に期待しすぎだろう。そんな期待を持ったまま生きるのは単純に辛い。報われることなんてほとんどないからだ。結果ではなく過程や事情を考慮して評価してくれるのはほんと、母親くらいのもんだと思う。


会えば元気に挨拶してくれて、何か話せばノリ良く反応してくれる。そういうわかりやすさに人はどうしても惹かれてしまうし、時には流される。上の記事だと新入社員が入社早々遅刻すれば「そういう人」というわかりやすいマイナスイメージにみな流されてしまう。ほんとうは何か事情があっても、みながその事情を考慮してくれるわけではない。「遅刻した」という事実以上のことを認識するよう他人全員に求めるのは、間違ってないにしても報われる可能性は限りなく低い。大概はそのわかりやすい印象に流されてしまう。良い悪いではなく。


チームで何かするならまずはそこでやるべきことを誰よりも徹底してやることが周りの信頼を得る確実で簡単な方法だ。それが一番わかりやすいから。こういう時コミュニケーション能力大事とかいうけど、そんなの二の次なんじゃないのと思う。いくら話が面白くてもノリが良くて表面上頼られてるように見えてもそれは見せかけである。学歴にしたってそうだし、恋愛でもたぶん同じ。上手くやろうとすればまずはわかりやすい自分を提示するのが絶対条件で、運よく相手がこちらに興味を持ってくれない限り自分の性格や考え趣味趣向を相手は知ることはなく知らないものわかりにくいものに人は近づかず避ける傾向があるのだから、当然モテたりしない。もちろんその「わかりやすさ」の奥に、本当の人間性が見えてこないと、最終的には離れていってしまう。「わかりやすさ」は「わかりやすさ」として誰でもわかるように、その奥にあるものは奥にあるものとして時間をかけて提示するものだろう。ギャップ萌えというのはたぶんこれのことだ。


「人はわかりやすさを求める」からといって、別にそれに合わせなきゃいけないというわけではない。より多くの人共通してもつ価値観・わかりやすさのフレームに合わせて自分を提示していくのは理想だけど、敢えて逆らうならただちょっと生きにくい道を取るという覚悟と戦略が必要なだけである。

<わかりやすさ>の勉強法 (講談社現代新書)

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