北川恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』 感想文

行きつけの本屋さんをぶらぶらしていたら、ちょっと目立つ場所に可愛らしい手書きPOPで「おすすめです!」って書かれてて、そうかおすすめされちゃったら読まにゃあならんな、ということで買ってみた本書。

シリアスな笑いを目指した、高度なホラーコメディと考えれば面白いかもしれない。そんな小説。

この本のテーマであろう事柄をざっと並べてみる。ブラック企業、生き方・働き方、若者、過労死、自殺・・・・

小説としてこうした問題にどんな結論を出すのかがひとつの見どころだけど、結局どこかで聞きかじった言説を薄めに薄めたようなものしか見当たらない。特にラストあたりで、主人公の隆が部長に啖呵を切るシーンはちょっとひどい。あたかも感動的なシーンのように描かれてるけど何も解決してないでしょ。

本の煽り文にあった「スカッとできる」部分というのはここなんだろうけど、むしろかなりもやもやした。
主人公に対しパワハラに加えデータの不正改ざんなんていう旭○成建設もびっくりの犯罪をやらかしたひどい先輩社員がいるんですが、その先輩も最後に出てきて

立ち止まったオレに、先輩は言った。
「・・・・・頑張れよ」
俺は、前を向いたまま、笑顔で言った。
「はい!ありがとうございます!」

ってやりとりしてて「ええええええええええ!?」ってなった。「頑張れよ」じゃねえよどの口が言ってんだ。隆も隆で、笑顔で「ありがとうございます!」ってなんなの?「出るとこ出ようぜオラァ!」だろそこは。

まぁでも、この場面、主人公がやっとこの会社をやめてやろうと決意して、辞表を出した直後なんでね。開放感に溢れて「もうなんでもいいや!」って気持ちになってるのも理解できなくはない。裁判とか労基とか面倒だし。うん。

けど次の一文でさらにびっくりする。

いつかまた、会えることを願って。

うえええええええええええええええええええええええええ!?
いや待って、会いたいの?いつかまた会いたいの?会ってどうすんの?それノリと勢いだけで言ってない?雰囲気に流されてない?よく考えて!
どう考えても二度と会いたくないだろ!

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もう「この主人公は、こういう人間である」と理解するしかないのか?
先が思いやられる。

この物語のキーパーソンに「ヤマモト」という男がいる。
駅で飛び込み自殺に及ぼうとしていた隆をすんでのところで止めに入った、主人公の幼馴染を名乗る青年。

ヤマモトは隆の自殺未遂以降、なにかと連絡を入れては一緒に飯に行ったり出かけたりしてくれる。
隆自身はヤマモトに関する記憶はないのだが、仕事で追い詰められ弱っていたとき、そうしてややおせっかい気味に気にかけてくれる友達ができ、生きる活力を取り戻していく。

そして隆はまたもや、ヤマモトに命を救われる。二度目の自殺に及ぼうとしていたところを阻止されるのだ。
隆は自殺する理由も軽ければ、自殺をやめる理由も軽い。


はっきり言って、隆はいわゆる「メンヘラ」というやつではないか。

最終的にヤマモトは、実は幼馴染でもなんでもなく赤の他人だとわかる。そして最後、隆が会社をきっぱりやめるという決断を下したあと、姿をくらます。

なんで姿を消す必要があるんだろう、と最初は思った。はじめは知らない者同士だったとはいえ既に友達と言っていい関係だろうし、わざわざ電話番号を変えてまで会わない、あるいは会えないようにする理由があるんだろうか。

しかしそんな疑問も、隆が実は重度のメンヘラというのであれば説明がつく。

ヤマモトはなりゆき上仕方なく、隆の事情に首を突っ込んでしまった。いったんそうしたからには最後まで付き合う、責任を持つという態度のあらわれがあのおせっかい焼きなのだとすれば、こちらは隆とは対照的な芯の通った男だといえる。しかしその相手が、長く付き合うには重い、しんどい、そんなやつだったとしたら。しかも職業上、「そういう人たち」を見抜くスキルを持っていたら。たぶん、キリのいいところでさよならして、縁を切るだろう。もともと赤の他人なのだ。

だがそれだけにラストはホラーでしかない。
ヤマモトが働いている職場に、なんと隆が転職してくる。感動の(笑)再会シーンで隆は

「先生、俺にも救いたい人がいるんだよ。俺は、その人に命を救ってもらったから、今度は俺が、その人を苦しみから救いたい。」
声の出ない僕を、白衣姿の彼は優しい瞳で見つめていた。

ヤマモトはこれまで一言も「苦しんでいる」なんて言っていないし、実際苦しんでない。なのに一方的に「救いたい」と言って自分の職場にまで職を変え押しかけてくるとは何事か。
偶然にしては出来過ぎているので、おそらく、姿を消したヤマモトをどうにかして見つけだし、職場を突き止めたのだ。おそろしい執念!怖すぎる。もはやストーカーではないか。「声の出ない僕」の絶望感が伝わってくる・・・


そんな小説でした。おすすめです!

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