3.11について考えたこと

東日本大震災があった3年前、僕は大学受験の浪人生だった。
新聞が被災地の状況を連日伝え、テレビではACのコマーシャルが繰り返し流れるなか、僕はほぼ毎日予備校に通っていた。


ある日の授業中、予備校の先生が唐突にこんな話をはじめた。僕が浪人生をしていた前年の受験生、つまり2010年度入試を受けたAという教え子の話だ。
その生徒は浪人生ながらとても優秀で、第一志望は東京大学。予備校の寮で生活しており、講師室へ何度も足を運んでは、その先生に夜遅くまで質問して帰っていたらしい。その勤勉さと素直さを見て、先生は彼のその後の合格を、まだ指導をはじめてから間もないときから確信するほどだったという。


そして実際、Aくんは合格した。


しかし合格を喜ぶ間もなく、2011年3月11日、あの震災が起こった。
Aくんは東北出身だった。


震災の数日前、先生はAくんから合格報告を受けていた。しかしその後もう一度講師室に姿を現した彼は、「大学へは行かない」と先生に伝えたそうだ。

当然、先生はびっくりして理由を訊いた。するとAくんは、家業を営んでいる東北の実家が震災の影響を受けてしまい、とても大変な状況であること、人手が全く足りず、自分はその手伝いをしに戻らなければならなくなったことを淡々と説明したという。

先生はなんとかAくんが大学へ行くよう説得しようとした。何か上手い方法があるはずだと引き留めようとした。しかしAくんは笑って、「いいんです。大学ならまたいつでも通えますから」と答えたらしい。


「それ聞いて、もう涙が止まらなくなってね・・・」
先生は伏し目がちになりながら、手を置いた教卓でチョークを弄んだ。


僕はなんだか、腹の底からこみあげてくるものがあった。
教室はしんと静まり返っていた。


______


あれから3年が経った。
実際、僕は震災の影響でなにか大きな被害をこうむったと思ったことは一度もない。

震災のニュースが流れると、僕はたまにAくんのことを思い出す。
先生から伝え聞いた話だし、もちろん会ったことはない。ただあのころ僕と同じように予備校へ通い、受験に向けて頑張っていた人が、震災で人生が180度変わった。この事実は当時も、そして今思い返しても胸がギュッと痛くなる。


Aくんは今頃、どこでどうしてるんだろうか。



あの地震が起こったとき、僕は実家のリビングでパソコンで調べものをしていた。その翌日が国公立大学の後期試験で、試験会場となる大学までの交通経路をネットで確認していたのだ。

あの日の14時46分、ほんの小さな揺れを感じた。近くにいた母に「もしかして揺れてる?」と確認しても「?」みたいな顔をしていた。もしそれが数秒ほどのことなら僕も気のせいで済ませていたかもしれないが、その揺れは妙に長く気味が悪かったので「絶対地震だ」と思った。

揺れがおさまってテレビをつけると、地震の速報が出ていた。ああやっぱり、くらいで興味をなくしたのかなんなのか、その後の記憶はあまり定かじゃないんだけど、とにかくその日の夜にはあの地震津波の映像がすべてのチャンネルを埋め尽くし、その惨状を伝えているのをみた。

しかしそのとき僕が感じたのは津波の凄まじさへの驚愕と、「すごい映像だ」というスペクタクルだった(『震災を観る』)。


その翌日には、僕の意識はすでに大学の後期試験の方を向いていた。
会場に行くと震災の影響による試験時間の遅れを知らされ、「こんなところまで影響があるのか」と思った。

震災当日とその翌日について僕が覚えているのは、これくらいだ。
その後僕は試験には合格したものの、いろいろあって浪人することを決めた。



僕は浪人生活の末なんとか今の大学に入学し、一人暮らしをしている。
キャンパスライフは決してバラ色とは言えないが、まぁそこそこ楽しくやっていると思う。

しかしあの時きいたAくんの話とそのショックは、年を重ねるにつれ自分の中で薄れていくのをどこかで感じている。思えば僕は、震災で何があったのか、被災した人たちが何を見たのか、体験したのか、救援に駆け付けたボランティアや自衛隊、警察の人たちが何を考え感じたのか、実際のところ何も知らない。

もちろん地震津波で未だかつてない被害が出たことは知っている。しかしそれだけだ。
もっとミクロな、一人ひとりの具体的な何か、どこかの誰かではなく固有名詞として、ひとりの人間の人生がどう変わったのかということについて、ほとんど何も知らなかった。

あれから3年経って、自分も何か知っておくべきじゃないかなぁと思い始めた。それがちょうど去年の暮だ。


結局その考えを実行する気になったのは大体一か月前、2月のはじめごろ。
そこで僕はこんなエントリを書いている。

震災を観る - ゆーすとの日記

3.11以前と以後では国として進んでいく方向も大きく変ってしまった。そしてそれは、もっとミクロなひとりひとりの個人に焦点を当てても同じだと思う。僕は国や自分の生活、将来を考えるとき、思考のどこかにいつもあの「震災」があるような気がする。住む場所や将来就く職業について、震災とそこで起きた出来事の記憶を完全に切り離して考えるのは難しい。とはいえあと一か月で震災から3年が経ち、これが4年、5年、さらには10年と経つにつれ、またその捉え方も変わってくるかもしれない。

震災が起こった年、僕は浪人生だった。
正直震災がどうこうというより、自分のことで精いっぱいだった。それは今考えても仕方ないと思っているし、他人のことはいいから自分のすべきことをするべきだったのは間違いない。

しかし3年経った今もそれでいいんだろうかと思った。
震災から3年経っても、「あの時何が起こったのか」について具体的に語れることはほとんどない。
これが4年、5年、10年と経っても、そのままでいいんだろうかと思った。

それで僕は、自分なりに期間を決めて、書籍や映画にあたりつつ震災について考えてみることにしたのだ。


実際やってみると、思いのほか「しんどい」と思った。
まず、自分の体験として大きな地震・災害に遭ったことがない。しかし本や映画で語られる地震津波の恐怖、被災された方の心の内を目にして、重すぎる、と感じた。その成果をこのようにブログに記録しておくのだけれど、はっきり言って面白くないのだ。当事者と自分とのギャップを想像力だけで埋める作業は、かなりつらいものだった。

更新頻度は落ちた。
それでも決めた期間は続けようと思い、昨日までいくつかのエントリーを書いてきた。

終えてみると、なんとなくではあるが自分の中に何か「積みあがったもの」ができたと思う。これから震災を振り返る機会があったとき、そのベースになるであろうものが。
これを「まだ」震災から3年の今やっておいたことは、有益だったんじゃないかと思う。
これが来年や再来年では、Aくんの話をはじめ、震災は自分の中でさらに風化するだろう。



こんなことをしても人間だから、忘れていくことは止められないと思う。
現に震災で特に大きな影響を受けたわけでもない多くの人たちは、それ以前と同じようにして過ごしているだろう。それでいいと思う。

震災を忘れると言えば完全に記憶から消えてしまうような言い方だけど、普段何もない時は忘れてしまっていいと思う。それぞれ自分の生活があるし、振り返ってばかりでは前進はない。ただ僕は、「震災をたまに思い出すこと」を忘れたくないなと思う。折に触れて思い返すとき、こうして記憶のベースとなる部分があるとないとでは、違うはずだ。


僕は2月11日の『震災を観る - ゆーすとの日記』というエントリで、震災について本や映画をあたることを「震災を『観る』」と書いた。それは被災した当事者でない僕ができるのは、地震津波を体験した方が“視(見)た”ことを理解することではなく、何があったのかを間接的に知るという意味で「観る」ことだと思ったからだ。当事者でない限り、あの時の恐怖や危機感を自分のものとして感じることはできないし、しようとするのもおこがましいのでは、と考えたのだ。とにかく自分にできるのは少しでも「知ること」だろうと思った。


実際誇れるような成果があったわけでは全くない。本を数冊、映画を2本。本当はもっと読みたい本、観たい映画があったのだけど、先述したようなしんどさもあり、消化しきれなかった。しかしあらかじめ決めていた期間は終えたので、ここでブログとしては区切りにしたい。またこれから気が向いたときに読んだり観たりしていくと思う。


というわけで以下、ここ一か月の震災関連エントリーの紹介です。

***

【2月11日】

震災を観る - ゆーすとの日記震災を観る - ゆーすとの日記

ちょうど今日から2年と11カ月前、その後の日本を大きく揺るがすことになる「東日本大震災」が起きた。この約3年という時間が長かったのか短かったのか、それぞれ人によ...

映画「インポッシブル」。



【2月21日】

21世紀は「複合災害」の世紀だ - ゆーすとの日記21世紀は「複合災害」の世紀だ - ゆーすとの日記

来月11日までの一か月間、震災についていろいろ考えようと思ったわけですが、まず手に取ったのはこの『巨大災害の世紀を生き抜く』。巨大災害の世紀を生き抜く (集英社...

21世紀型の災害について。



【2月25日】

原発「危険神話」の崩壊 - ゆーすとの日記原発「危険神話」の崩壊 - ゆーすとの日記

原発「危険神話」の崩壊 (PHP新書)作者:池田信夫出版社/メーカー:PHP研究所発売日:2012/02/15メディア:新書購入: 3人クリック: 52回この商...

関連書籍としては、この本が一番「興味をそそられた」。原発の問題にはこれからも記事を書いていくと思う。



【3月6日】

「震災後」を生きる勇気。 映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』 - ゆーすとの日記「震災後」を生きる勇気。 映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』 - ゆーすとの日記

映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲 [DVD]出版社/メーカー:バンダイビジュアル発売日:2010/11/26メディア:DVD購入: ...

「震災後の今だからこそ観たい映画」として、うちの大学の教授が生徒におすすめしていた。
子供のころ観たことがあったが内容はあまり覚えていなかったので観てみると、かなりよかった。
万人におすすめできる。



【3月9日】

人の「無力さ」と「ヤワじゃなさ」 - ゆーすとの日記人の「無力さ」と「ヤワじゃなさ」 - ゆーすとの日記

東日本大震災警察官救援記録 あなたへ。』という本を読んでます。この本は3年前の震災で救援活動に従事した、全国47都道府県の警察官とその関係者の手記をまとめたも...

東日本大震災警察官救援記録 あなたへ。』
現場で救援に駆け付けた警察官たちが“視た”もの。



【3月11日】

Amazonの3.11 - ゆーすとの日記Amazonの3.11 - ゆーすとの日記

Amazonの3.11─電子書籍オリジナル─ (角川書店単行本)作者:星政明出版社/メーカー:KADOKAWA/角川書店発売日:2013/03/07メディア:K...

アマゾン社員の3.11での活動記録。
民間企業とインターネットの可能性について。


以上。

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