原発「危険神話」の崩壊

原発「危険神話」の崩壊 (PHP新書)

原発「危険神話」の崩壊 (PHP新書)

読みました。
本の趣旨としては「福島の原発事故で原発の『安全神話』は崩れたけど、同時に『危険神話』も崩れたよね」という話。原発はよく「推進派」と「反原発」の立場に分かれて議論されるイメージがありますが、池田信夫さんは「最後まで読んでいただけばわかるが、私は原発が安全だとも推進すべきだとも主張していない」とまえがきで述べられている通り、極端な推進派でも反原発でもないそうです。強いて言えば、また僕の読後の感想から言えば「(積極的)容認・現状維持派」くらいが彼の立場だろうと思います。


著者の肩書は経済学者で、「原子力工学の専門家でも放射線医学の専門家でもない」ようですが、NHKに勤務されていたときに原発訴訟を取材した経験と知識、また経済学的視点(コストや効率性)から俯瞰的に、広く浅く原発の問題を取り上げています。が、やっぱり難しい用語もけっこう出てきます。


つまり今回の事故では、次の2つの神話が崩壊したのである。


安全神話:最悪の事態でも炉心融解は起こらない
・危険神話:炉心融解が起こると数万人が死ぬ


このうち後者はあまり気付かれないが、不幸な出来事の多かった中で唯一のグッドニュースである。放射能健康被害は、従来の想定よりもはるかに小さかったのだ。だから30キロ圏内を避難させた政府の計画避難区域は過大であり、農産物などの出荷規制も不要だった。このような過剰規制によって11万人の人々が10か月以上にわたって避難生活を余儀なくされ、農業に多大な被害が出て、その賠償で東電の経営が破たんすることが懸念されている。(中略)こうした状況を改善するためには、人々の心理的な安心を際限なく求めるのではなく、何が客観的に安全化と言う科学的な基準を再検討する必要がある。

もう少しくわしく著者の意見を見ていくと、

・今回の事故には死亡者もおらず、いわゆる「苛酷事故」ではない。逆に原子炉の耐震性を証明したといえる点もある。

・事故による経済的被害も、東電への賠償額の内訳をみればそのほとんどが「風評」によるもので、本来なら賠償する必要のないものも多く含まれている。

・事故の最大の被害は、放射能への過剰な「恐れ」によって政府に避難させられた住民たちが、そのストレスによって病気になったり、自殺したりして亡くなったことである。

放射線の危険性はICRP(国際放射線防護委員会)の基準を採用して決めるべき。それによると「年100ミリシーベルト以上の放射線を浴びれば癌になる確率が上がる」という専門家の意見の一致があるが、それ以下、つまり年1~100ミリシーベルト放射線の影響がどの程度かは統計的に有意な結果は出ておらず、はっきりしない。

・しかし高い放射線量を一気に浴びるのではなく、上記の基準以下の放射線をゆるやかに浴びるだけの「低線量被ばく」には、発がんのリスクはとても少ない上、遺伝することもない。

・発ガンのリスクを比べれば、タバコなどのほうがよほど高い。

原発の新設は日本では当分不可能。国民感情としてはもちろん、電力会社にとっても新設するメリットよりデメリットが大きいからである。

・風力・太陽光などの自然エネルギーは未だにコストが圧倒的に高く、原子力に替わることはできない。

疑問に思ったこと

ギモンその①:
事故の人的被害を「死亡者数」のみで判断しているけれど、それは乱暴ではないか。原発で事故の収束に当たっている作業員の人たちにはICRPの基準値である年間100ミリシーベルトを上回っている人もたくさんいるだろうし、そうした人たちは後になって健康被害が出てくる可能性がある。

ギモンその②:
石油や石炭、天然ガスのリスクと原子力のリスクを比較して「原発の方がリスクは小さい」としているが、福島の事故とその損失(経済的被害だけではなく、日本の国際社会における信頼や企業のブランド、政治的に割かなければならなくなった時間・遅れ)などを合わせれば、少なくとも日本にとってはもう原子力のコストが安いとはとても思えない。

ギモンその③:
火力発電にイノベーションは起こらないのか(燃費や排気ガス・CO²排出量を減らす)

ギモンその④:
「事故を起こした福島原発の原子炉は古い型の「第2世代」だから、最近の「第3世代」であれば起こりえない事故だった」というが、それを言い出したら全て「想定外」で済んでしまいかねないのでは。次に原発事故が起こるとしたら、それはもちろん「想定外」のことが原因になるだろう。

ギモンその⑤:
原子炉の設計上の欠陥ばかりに事故の原因をもとめているが、組織面(政府や東電)の原因についてほとんど触れていないのはなぜか。


本書の前半はかなり冷静で客観的な分析がされているなという印象でしたが、後半にいくにつれ著者の主張を全面に出すような書き方がされていたのは少し残念。とはいえ、全部が正しいとは思いませんが(敢えて思わないようにしてますが)、それでも基本的な知識はだいたい手に入ると思います。特に放射線医学についてはかなり参考になりました。

著者のブログはネットに詳しい方なら知ってる方も多そうですし、望めばそこからも追加で情報が手に入ります。まずはこちらから読んでみるといいでしょう。

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